専門分野
ミクロ経済理論
研究テーマ
メカニズム・デザイン、ゲーム理論
研究紹介
私の研究分野は、ミクロ経済理論の中の、特に経済制度やルールの在り方について研究する分野です。メカニズム・デザイン理論と呼ばれる分野に相当しますが、マーケット・デザイン理論や情報デザイン理論と呼ばれる分野ともオーバーラップするところがあり、また契約理論やゲーム理論と呼ばれる分野とも深くかかわりがあります。
ミクロ経済学のひとつの問いは、「(選好や技能などの異なる)複数の経済主体が存在する中で、誰に何を配分するべきか」というものです。この大きな問いにはいくつもの副次的な問いがあり、その中のひとつとして、「(望ましい配分を決めることができたとして)それを実際どのように配分するべきか」というものです。例えば、素晴らしい能力を秘めているが経済的に困窮する学生を奨学金で支援する、という判断を望ましいとして採用したいとしましょう。実際には、「素晴らしい能力を秘めている」かどうかを判断するのは容易なことではありません。どのような情報、ルールに基づいて選抜することが最も望ましいかを考えるのが、制度設計の理論(の問題のひとつ)、ということになるでしょうか。
理論的分析、ということで、私の研究の目標は、個々の事例について最適な制度を考える、ということよりも、様々な設計問題の中のエッセンスを抜き出して、それを数学的なモデル・問題として定式化し、そこから望ましい制度設計についての「大まかな指針」を得る、ということにあります。その意味で、学んだこと・研究で得た成果が、すぐに社会に役に立つわけではありません(時として歯がゆいことです)。しかし長い目で見て、そのように「エッセンスを抜き出し、モデル化し、現実への指針を得る」というやり方は、現場の個別の問題に深く入り込むやり方と合わせて、経済制度の研究に対する両輪になると考えています。私の授業やゼミを履修する学生にも、そのような心構えを持ってもらえることを期待します。
最近の研究のひとつとして、長期的な関係にある2人の経済主体が、どのように自分のもつ情報を相手に公開していくのかについて考察した研究を、簡単に紹介します。例えば企業内のチームにおけるリーダーと部下がいて、そのチームのプロジェクト(例えば新製品の開発)の可能性について、リーダーは定期的に外部から情報を得てきます。良いニュースであれば部下にも伝えてさらなる努力を促すことができる一方、悪いニュースであればやる気を削ぐことになりかねません。どのような情報公開の仕方がリーダーの観点から見て最適なのでしょうか?「良いニュースは余さず伝えて悪いニュースは黙っている」というのは、必ずしも最適とは限りません。黙っているリーダーを見て、部下は「これは悪いニュースなのだな」と判断されてしまうからです。
ところで、上では「経済制度」の研究、と大上段に構えたわけですが、このテーマはどちらかといえば「個人間のコミュニケーションの仕方に関する指針」という、よりミクロな対象の研究です。どちらも、経済主体のインセンティブ(この場合とりわけ部下のやる気)に配慮しながら最適な方法を探るという意味で、共通の分析対象です。まったく異なる事例が同様の分析手法の範疇に入りうる、というのが、理論研究の面白さの一つだと思います。
上の図は、最適な情報公開ルールをまとめた図です。詳細な説明は省きますが、左に行けば行くほど、リーダーが日々得てくるニュースの時系列的な相関が高く(例えば今日悪いニュースを得たときに、明日も悪いニュースを得てくる確率が高い)、右に行けば行くほど、そのような相関が低いと考えてください。ここでは縦軸の説明は省き、大体中段のあたりに着目してください。この中段の、一番右の方(オレンジ色の部分)では、「良いニュースも悪いニュースも余さず伝える」のが最適なケースになります。今日仮に悪くても、明日また良いニュースかもしれないので、隠す意味はあまりなく、透明性を高くすることで、少なくとも良い時期における部下のやる気を最大限確保できます。一番左の方(ピンクと黄色の部分)はその逆で、「(良いニュースであっても)何も伝えない」というのが最適なケースになります。このケースでは、一度部下が「今日は悪いニュースの日だな」と思ってしまうと、「明日(とそれ以降)も悪いニュースが続くに違いない」と思ってしまい、一度そのような状況に陥ってしまうと、長い間部下の努力が期待できません。初めから情報を遮断することで、部下からそれなりの努力を引き出す方が望ましくなります。真ん中あたり(青の部分)はより複雑で、定期的に情報を誤魔化すのが最適なケースです。フェアかどうかはともかく、こうすることで部下の努力インセンティブを巧みにコントロールするのが最適な状況です。
長期的な関係がある状況での情報設計・制度設計の問題は、近年研究の盛んな分野のひとつです。リーダーと部下一人の関係の分析というと、小さな話に聞こえるかもしれませんが、ここで開発された分析手法は、より「大きな」問題、例えば中央銀行がどのように市場と対話すべきか、といった話に応用可能性が期待されています。
山下 拓朗
YAMASHITA Takuro
教授:Professor
学位:博士(経済学)(スタンフォード大学)
yamashitat@osipp.osaka-u.ac.jp