専門分野
グローバル・ガバナンス論、国際行政論
研究テーマ
国際機構論、国際行政論、国連研究、国際機構のアカウンタビリティーの研究
研究紹介
「2億ドルの巨額マネーはどこへ消えた?」
昨年、日本で公開されたハリウッド映画『バグダッド・スキャンダル』は、国際連合(以下、国連)史上最悪の汚職スキャンダルの実話に基づくものでした。2002年、夢に燃えた24歳のアメリカ人青年が国連事務次長の特別補佐官として赴任。国連安全保障理事会が課した経済制裁の影響で人道危機に陥ったイラクを救うための「オイル・フォー・フード」プロジェクト(石油食糧交換計画)を担当することになります。基本的なスキームは、豊富な埋蔵量を誇るイラクの石油を国連の管理下で販売することと交換に、そこから得られる外貨収入でイラクの国民が必要としている食糧やワクチンなどの医薬品を購入し国民に配布するというもの。しかし、一見理想的なスキームの裏側には、独裁者フセイン大統領(当時)の思惑や国連安全保障理事会の常任理事国の横やり、世界各国のさまざまな企業の汚職や巨大な国連の官僚組織の腐敗などが混在し、やがて国連史上最大の巨額詐欺事件へと発展していくことになります。
1本の鉛筆でさえ、「武器として使う恐れがある」と言って輸入できない?
当時、私が国際公務員として勤務していたユネスコもこのプロジェクトに参加しており、ユネスコは教育支援分野を担当していました。しかし、イラク側からのビザの発給拒否や大量破壊兵器開発疑惑に絡む査察の影響などでプロジェクトの執行は遅延を重ね、最終的には、初等教育支援に必要な鉛筆さえも「『デュアル・ユース※』の疑いがある」といってイラク国内に持ち込むことができない事態に。こうしてこのプロジェクトは石油利権絡みの腐敗と汚職の温床となってしまっただけでなく、安全保障理事会を舞台に、イラクを巡る大国の政治的思惑のはざまで翻弄され続けた国連諸機関の無力さを白日の下に晒したという意味でもショッキングな事件となりました。
※軍事用民生用双方に用いることが可能という意味。
国連に対するアカウンタビリティの追求をテーマに。
その後、私はユネスコを退職し、大学の博士後期課程に社会人学生として戻り、この国連最大のスキャンダルの事例をもとに、国連に対するアカウンタビリティの追求をテーマに研究を始めました。最初はひとりでの取り組みでしたが、その後、国連大学の協力の下、グローバルな共同研究に発展していきました。
アカウンタビリティとは、日本語では単に「説明責任」とのみ訳されることが多いですが、本来の意味は、説明を求める者と、自らの行為を説明および正当化する責任を負っている者との「関係」を示すとされています。簡単に言えば「二者以上の関係において、ある行為に関する権限を任された者は、それを任した者に対し自らの行為を説明し正当化する責任を負っているということ」、そして「その行動は一定の基準によって判断され、もしも説明が十分でないと判断された際には、制裁が科されるということ」を意味しています。
アカウンタビリティはなにも汚職や権限の濫用の阻止だけに関係しているわけではありません。これは政治的にも重要な概念で、民主主義が機能するうえで核となる役割を果たしているということがしばしば言われます。というのも代議制民主主義においては、為政者が選挙民の期待に背いたら、選挙民は選挙というアカウンタビリティ・メカニズムを通して、権力をはく奪することができるからです。しかし、このような国内の統治メカニズムをグローバルな統治に適用するのはなかなか容易ではなく、民主的な統制をどのように実現していくかということが重要になってきます。すなわち、権力者による権力の濫用を「誰が」「どのようにして」阻止することができるかということが問題になってくるわけです。
国連安全保障理事会が権力を濫用している?
とりわけこの問題は、冷戦終了により国連安全保障理事会が「国際の平和と安全の維持に関する主要な責任」(国連憲章24条1項より)を再び担い出すことにより深刻化していきました。1990年代以降、安全保障理事会は次から次へと平和維持活動(PKO)を設置し、さらに国連憲章第7章によって付与された軍事介入や経済制裁などの強制措置の発動を含む、強大な権力を振るうようになってきました。その結果、大国の思惑に中小国が左右されるような事態がしばしば生じるようになり、「どのようにしたら安全保障理事会の横暴を阻止し、権力の濫用を制限することができるか」という問題がクローズアップされるようになりました。2015年の国連創立70周年を祝う国連首脳会合開催を機に、常任理事国による拒否権の行使を限定的に制限しようとする動きが一気に高まり、100以上の国およびそれに準じるグループが賛同したのもその表れと言えるでしょう。
「持続可能な開発目標」という新たな目標に向かって。
また一方で、グローバルな統治には皆が合意できる共通の目標を設定することも重要です。これに対して国連は、2015年、「ミレニアム開発目標」(MDGs)に代わり、質の高い教育や貧富などの格差の解消などを含む17の「持続可能な開発目標」(SDGs)という長期目標を打ち出しました。国連システムは2030年を目標にSDGs実現に向かって努力しているところですが、今後本当に国連が結果に対する説明責任を適切に果たしていくのか、皆さまとともにしっかり見守っていきたいと思っています。
蓮生 郁代
HASUO, Ikuyo
教授:Professor
学位:博士(法学)(一橋大学)