教員紹介
Faculty
中嶋 啓雄
Nakajima Hiroo
アメリカ政治外交史 / 国際関係史/ 日米関係史
教授:Professor
学位:博士(法学)(一橋大学)
研究テーマ
日米関係における知的交流、モンロー・ドクトリン(モンロー主義)
研究紹介
専門はアメリカ政治外交史、国際関係史、日米関係史です。
近年はロックフェラーやフォードといったアメリカ合衆国の「大財団(big foundation)」が助成した20世紀の日米間の知的交流について研究を進めています。
具体的には戦前からその制度が整った1970年代にかけて、戦争を挟んだ日米間の知的交流を両国等で収集した外交文書や私文書に基づき考察しています。知的交流というのは文化交流のうちのひとつで、学者や専門家の交流のことです。
知的交流の研究を行うきっかけは、1930年代半ば以降、孤立主義的傾向を強めながらも、20世紀前半のアメリカを代表する知識人でもあった政治学者・アメリカ史家チャールズ・A・ビアード(Charles A. Beard)が訪日していたのに興味を持ったことです。彼は大正11(1922)年に市政改革のために東京市長の後藤新平により日本に招かれています。翌年、東京は関東大震災に見舞われますが、彼は震災直後、再び後藤により日本に招かれ、復興院総裁となった彼に助言しています。 ビアードは当初、市政改革のために招へいされたのですが、著名な学者であったこともあり、そこから揺籃期にあった日本のアメリカ研究に携わる人々との交流が始まり、日米知的交流の基礎が築かれました。その後、1930年代に入るとビアードはモンロー・ドクトリンを「大陸主義」として再定義して、孤立主義的傾向を強め、また、日本のアメリカ研究者も軍国主義化する政府に一部協力することになりますが、両者は日米戦争の回避にも努め、戦後は再び日米関係の安定化に貢献しようとしました。戦後まもなくビアードは亡くなりますが、日本のアメリカ研究の祖である高木八尺や彼の教え子の松本重治を中心に日米知的交流は再建され、国際文化会館(六本木)の創設等に尽力し、今日に至っています。彼らは戦後、アメリカの言いなりになったわけではありませんが、アメリカとも協調するアジアの一国として、日本の対外関係の一側面を支えました。

(左から二人目がビアード、右側は配偶者の歴史家メアリー・リッターと二人の子ども)
この研究の目的としては、政治家や外交官だけではなく、学者や専門家が国際関係にどのような貢献ができるのかを明らかにすることにあります。日米間の場合、確かに彼らの交流は戦争を防げたわけではありませんが、学者や専門家は戦争の回避、戦後の和解に貢献できるのではないかと考えています。
学生へのメッセージ
歴史から見たアメリカ外交と現代世界
皆さんはアメリカ合衆国について、どのようなイメージを持っていますか。自国の利益のみをしばしば独善的に優先するアメリカ第一主義のイメージでしょうか。それともビッグテックが台頭し、AI等、新しいツールが生み出されていることに象徴されるような、世界の最先端をゆく国というイメージでしょうか。
実際のところそういったイメージの双方が、アメリカという国の光と陰を表しているとも言えるのでしょう。私の授業や演習、また有志で開いているワークショップ(研究会)では、グローバル化が進む現代世界でも大きな力を保持しているアメリカの外交と同国を取り巻く国際関係を、主に歴史的アプローチで検討しています。
史資料の収集は現地体験という意味でも、やはり、それらを所蔵する図書館や文書館(アーカイブ)に赴くのが良いと思いますが、コロナ禍後、インターネット上でも外交文書をはじめ様々な史資料のオンライン公開が大幅に進展し、日本に居ながらにして外交交渉の舞台裏を垣間見ることも容易になってきています。
皆さんとともに歴史を検証し、国際社会の行く末について思索する機会を持てれば幸いです。