在外研究レポート

下村研一 助教授

アメリカ・カリフォルニア工科大学人社会科学部に、98年1月から12月まで滞在

今回はカルテックの「高めの敷居」について書く。そのためにまずなぜ私が米国の大学全般に対しては「低めの敷居」をイメージするようになったかということからお話ししよう。
 私は院生や訪問者として研究生活を送った大学がどれも東側にあったため、自らの経験あるいは友人知人の話から、東海岸の大学(ハーバード、イェール等)と中西部の大学(シカゴ、ミネソタ等)の主要な経済経営系大学院については情報を得る機会が頻繁にあった。殊に外部からの研究者の受け入れに関しては、国籍、年齢、学歴、語学力、研究業績など思いつく限りの選抜規準を考えてみても、院生としての入学、アシスタントプロフェッサーとしての就職、そして訪問研究員としての滞在を決定するにあたり不必要に厳格な審査を行なっているという情報は、一度も聞いたことがなかった。
 しかし、院生とアシスタントプロフェッサーは受け入れられた後で、それぞれ基本科目の総合成績と権威あるジャーナルに採択された論文数といった完全に数量化された規準で評価され、水準に満たない場合は潔く去ることを強いられる。よって、私の中には米国の大学には長くいることは難しいが、少しだけいるのは比較的容易だという感があった。ましてや短期滞在の訪問研究員の受け入れなどは、ある規模以上の大学にとっては大きなキャンピングカーに乗った家族がヒッチハイクの旅行者を乗せ、目的地に届けたら握手して別れるくらいの感覚ではないかと勝手に想像していた。
 ところがカルテックは違った。少なくとも経済経営系の研究者は院生も教員も短期間であれその一員となることが米国の他大学に比べれば難しく、その結果として人数が極端に少ない。
 院生の場合、プレアプリケーション(preapplication)というGRE、TOEFLのみの第1次選抜、いわゆる「足切り」(!)が存在する。そしてアプリケーション(application)という通常の書類による審査が第2次選抜として行われる。私が滞在した人文社会科学部付属の社会科学研究科では毎年600人以上の志願者があり、2段階選抜の結果、合格者は10人前後、実際の入学者は平均5人という。また昨年はアシスタントプロフェッサーの採用は空きがあるにもかかわらずゼロであった。
 そして私自身、客員の招聘を学部長からもらうまで、申請をしてしばらくの間は全くの「梨のつぶて」であった。文部省から助成を受けるためには正式の招聘状が絶対に必要であったため、私は大変焦った。そこで留学時代の指導教授に依頼してカルテックに電話をしてもらい、さらに後にカルテックでの共同研究者となるプロット(Plott)教授に、知人の西條教授を通して直接手続きの進行状況を確かめてもらうという過程を経て、ようやく招聘状をもぎ取った。当時の私にとってカルテックの「高めの敷居」は「ベルリンの壁」のようでさえあった。


松繁寿和 助教授

ドイツ・マールブルグ大学日本センターに98年10月から99年2月まで滞在

 巨大な生産設備や大量生産と対極にある経済活動は、使う側への配慮が行き届いた製品の供給やきめこまかなサービスの提供であろう。世界から見れば工業製品に溢れかえっている日本の方が異常であり、また異国では生活習慣の違いから母国で簡単に入手できるものが手に入らないため物がないと感じがちなこともわかっている。にもかかわらず「日本と肩を並べる工業国ドイツで、なぜこのような物さえ存在しないのか」と感じることが多々あった。
 例えば、色チョーク。経済学の説明にはどうしても図が必要で、白のチョークだけでは板書が煩雑になる。多分、理科系でも同様のはずである。私がいたマールブルグは大学町なのだが、いくら探しても色チョークがない。やっと見つけたものは、子供の落書用8色チョークセットであった。それも結構な値段がし、半分以上の色が無駄になるので買わなかった。第二、第三のアインシュタインもきっと白いチョークだけで書かれた黒板を見ながら勉学に励んでいるはずである。
 次に買い物袋。ドイツでは環境への配慮が行き届いており、スーパーではビニール袋をもらえない。代わりに茶色の紙袋か大きさも形も頭陀袋にそっくりの布袋を、レジでそれぞれ日本円にして約40円と80円を支払い手に入れる。特に、頭陀袋の方は濡れても大丈夫なためであろうか、雪の多い冬には車のトランクや雪道での汚れがついたまま、老若男女、美女、美男を問わず、よれよれになった物を手にして町に出る。色や形が同じであるだけでなく、気の利いた柄やプリントもほとんど入っていない。各自が服装に合わせ、気に入った袋で外出すれば楽しいと思うのだが、みんな一様に頭陀袋である。その上、使い勝手がすこぶる悪い。1リットル瓶が2本入ればいっぱいになり、その2本がうまく収まらない。リサイクルできるのだろうが、もう少しバラエティがあってよい。
 ドイツのケーキは日本でも有名であるが、ケーキを買っても箱はくれない。持ち運び易くかつ魔法のように開けて、中から色とりどりのケーキが登場するような小箱にはついぞお目にかからなかった。代わりに、茶色の包み紙で包んでくれる。デコレーションやクリームへの配慮はない。そのまま、手で支えて家に持って帰ることになる。
 ドイツはここ数年、自動車、銀行、医薬品など規模や体力が勝敗を決する分野で世界一の企業を誕生させた。21世紀に予測される世界規模でのギガコンペティションに備え、戦略的に重要な産業を押さえたと言える。来世紀も引き続いて繁栄を確保するために、これまで以上に堅牢な経済構造を確立することが、彼らの今の最重要課題であり、チョークの色など取るに足らないことなのかもしれない。彼らの姿を見ていると「日本は、今後どうして行くのか」と不安にさせられることも事実である。(両助教授のレポートとも次回に続く)


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