書評

FUKUSHIMA Akiko

Japanese Foreign Policy : The emergineg logic of Multilateralism,

Macmillan Press,1999

 ここに紹介する著作は、著者の福島安紀子氏(総合研究開発機構=NIRA主任研究員)がOSIPP在籍中にまとめた博士論文をベースとするもので、同氏は本研究で平成9年3月に学位(国際公共政策)を取得した。福島氏はOSIPPが生んだ最初の博士の一人。
 本書は、「多国間主義(multilateralism)」と「協調的安全保障(cooperative security)」を鍵概念とし、また、米国やカナダの対外政策との比較のなかに我が国の国連政策やアジア太平洋地域における経済、安全保障政策の動向を分析しているが、それは本書の表題通り、まさに冷戦の終結から今日にかけての「日本の対外政策」の最も注目すべき展開を要領よくまとめた作品として成功している。同時に、本書は21世紀に向けて日本外交が選ぶべき道筋を提示した提言としての価値も有していると言える。
 「多国間主義」も「協調的安全保障」も最近では広く一般に用いられる表現だが、著者は議論の前提として、まず理論的な観点からこれらの概念の精緻化を試みている。例えば、専ら国際機構における協力の枠組みと単純に結び付けられがちな「多国間主義」概念を著者は「ロジックとしての多国間主義」と定義し直し、必ずしも政府間の機構を伴わない政策調整の動きを捉える視点を提示する。これは、本書の後半で歴史的に多国間の安全保障機構が構築されなかったアジア太平洋地域において現在、新たに協力の動きがトラックI(政府間)、トラックII(民間)の双方で活発に繰り広げられている現象を説明する上で効果的である。さらにその文脈で、対立でなく、協力の精神で紛争予防外交や信頼の醸成による安全保障環境の改善を図るアプローチ―すなわち「協調的安全保障」―が多くの側面から我が国の政策として高い適格性を有することが説得力をもって論証されている。
 福島氏の研究が、よくある「多国間主義礼賛論」とは一線を画し、極めて現実的なトーンで日本の国連外交やアジア太平洋政策を論じていることも付言しておきたい。評者は、それが「協調的安全保障」が政策分析の概念であると共に、実際の活動そのものでもあって、福島氏自身が個人の資格で参加する外務、防衛当局者らと一緒に「北東アジア協力対話」など、トラックII活動の現場での議論に活発に参加している経験に本研究が裏打ちされているためだと考える。政策シンクタンクのスタッフとして精力的に海外を飛び回る著者の人的なネットワークもこの研究の充実に大きく貢献している。日本は「多国間主義」における「ナビゲーター(舵取り役)」になるべしとの終章のメッセージは、こうした著者の活動が自然と語らせているのかもしれない。
星野俊也(国際政治、国際安全保障論、OSIPP助教授)


院生群像

識見、徳望兼ねる中隊長

矢野 哲也さん(D2)

 
博士後期課程で学ぶ現役の陸上自衛官

「自衛官を受け入れてくれるOSIPPの懐の深さにはびっくりした。偏見なく接してくれる先生方、学生さんらには本当に敬意を表したい」。いくつかの大学には自衛官に対するある種の拒絶感が見受けられ、受験自体を門前払いする有名国立大もあるが、そういう「こだわりのない、オープンな学風はOSIPPの特徴」と指摘する。
 シビリアンや理工系の専攻でドクターコースに入る自衛官はいるが、社会科学系で制服の自衛官では過去に例はないようだ。
 高校生当時から「何か人の役に立つ仕事を」という思いと、制服へのあこがれもあって、自衛隊を志望、特に幹部になると、留学や在外公館勤務など可能性が広がることにも引かれたと言う。立正大学文学部史学科ではドイツ現代史を学び、全優で卒業、83年一般幹部候補生として陸上自衛隊に入隊した。
 歩兵部隊、空挺部隊など各地を転任後、部内に国内留学制度が設けられたので、当時、PKO関係の論文で啓発を受けた神余隆博教授(現・駐独公使)に師事しようとOSIPPを受験。96年、修士課程に入学し、自衛隊からの派遣という形で学んだ。神余教授の後任の津守滋教授(現・駐クウエイト大使)のもとで、アメリカのボスニア紛争における介入政策を研究、修了後は部隊に復帰したが、社会人学生の資格で博士後期課程に進学、研究を発展させている。
 現在は、大阪・和泉市にある陸上自衛隊信太山駐屯地に勤務。階級は3等陸佐で、重迫撃砲中隊長を務める。約100人の隊員を抱える責任感や、神経を使う実弾発射訓練など肉体的、精神的にも疲れるそうだが、早朝と深夜、研究に充てる時間を割いている。アメリカの東アジア政策をテーマにし、特に日米ガイドラインの問題にも着目。「今の論議は共同して対処する場合の入り口の視点ばかりだが、出口戦略(Exit Strategy)も重要。ベトナム戦争のような泥沼を避けるため、アメリカの戦争権限法などを参考にする議論が必要」と話す。
 駐屯地内を歩くと何度も敬礼を受けるが、ひとつひとつ「ご苦労様」と丁寧に対応。教室での温厚な人柄そのままに、徳望と識見をあわせ持つ指揮官としてその信は厚い。


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