書評

野村美明、 床谷文雄

『サイエンス・オブ・ロー事始め』

有斐閣 1998年

法律学が好きで好きで仕方ないので法学部に入学するという学生はまずいないのであるから、ましてや経済や文学の学生たちやエンジニアや医師の卵たちが法律に興味を持ったりするのは普通では考えられない話である。興味を持たない人に何かを教えることがいやがる馬に水を飲ませるのと同じくらい難しいのはわかりきったことで、大学の教養課程で法学を教えることがそれを真剣にしようとする人にとって絶望的に思えるのは当然すぎるほど当然のことである。しかし絶望的に思えてもあるいは絶望的に思えるからこそ挑戦しようとする人が出てくるのもまた人の世の常で、その結果、人類はこれまで生き延びて文明を築き、そして、相当数の法学入門テキストを出版してきたのである。それらの中には、もちろん愚著も少なくないが、名著も多い。名著にも様々なタイプがあるが、それらに共通しているのは、読者に法学への興味を持たせる力において優れている点であろう。
『サイエンス・オブ・ロー事始め』は、読者に興味を持たせることに異例なほどの力を注いでいる。タイトル自体からして、凡百のコピーライターをはるかにしのぐ出来ばえである。「サイエンス・オブ・ロー」は、法学者たちにもあまりなじみのない日本語で、おや何だろうと思わせる。「事始め」という言葉が日本の知的文脈で持つ意味はあらためて紹介するまでもない。先端と伝統の組み合わせは、鮮やかな印象を残す。
タイトルだけではもちろんない。3部構成(ライフステージ毎の法律問題、法体系、法律学の基礎的ノウハウ)によっていろいろな角度からのアプローチをしている点、最新の問題を身近なものから世界規模のものまでバランスよくとりあげて生き生きとした解説を付している点、興味深い統計やわかりやすい図表をうまく挿入している点、切り口の面白い写真をふんだんに掲げている点、ミニ解説などの一口コラムや親切な読書案内を付けている点など、さまざまな角度から、興味を喚起し持続させようとする努力が惜しみなくつぎ込まれている。そして、全体を通じて、読者に、法学とは勉強して楽しい、明るくてなかなかセンスのいいものじゃないかという印象を与える。不思議なことに、こういう印象を与える法学入門の本は、名著の中にもあまりないのである。
最初に読む本は大切である。《人生は美しい、生きることは喜びだ》ということを実感させる本(たとえば辻邦生の小説)から読書と知的な自己形成を始めるのがよいと思う人には、この本から法学に入っていくことを薦めたい。

早川眞一郎(民事法学、東北大学法学部教授、OSIPP客員教授)


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