提言

政権交代への展望は開かれたか

米原 謙

(OSIPP教授、政治学・政治思想)

 第四二回総選挙(6月25日)の翌日、各報道機関は選挙結果にたいして著しくニュアンスの違う対応をみせた。『朝日』と『日経』だけを例にあげてみよう。前者の第一面見出しは「自公保激減、民主が躍進」というもので、森首相の「思わぬ苦戦に汗をぬぐう」姿が映し出されていた。他方、『日経』の第一面見出しは「与党安定多数、首相続投へ」で、「笑顔でインタビューに答える森首相」という写真入りだった。この相異なった評価が、現在の日本政治の混迷ぶりを象徴している。与党三党は合計で60議席を失ったが絶対安定多数を確保した。『朝日』の調査では、選挙直前の森内閣支持率は19%だった。しかし国民の五人に一人しか支持していない首相の「続投」が決まった。これでは多くの有権者が無力感にとらわれてもやむを得ない。現に、70%前後になるだろうと予想されていた投票率は62.49%にとどまり、投票時間が二時間延長されたにもかかわらず戦後二番目の低さだった。
 このような混迷と閉塞感は、民主党にその過半の責任がある。新進党解党で新民主党が成立して2年半になるが、かれらは未だに党としてのアイデンティティを確立できていない。選挙期間中の民主党は迷走を重ねた。まず所得税の課税最低限引き下げをぶち上げたが、与党の増税批判で弁明に追われ、結局、尻すぼみになった。選挙終盤になって鳩山代表が公然と呼びかけたのは、自民党の加藤紘一との連携だった。だれが考えても保守本流を自認する加藤が自民党を離党することはありえない。否そうでなくても、そもそもこれは野党第一党の党首が選挙期間中に口にする言葉ではない。最後に残ったのは、「森・神」政権か「鳩・菅」政権かという駄洒落に類する「選択」の呼びかけだった。それでも多くの有権者にとって、民主党に「躍進」を与える以外の選択肢がなかったのである。
自由党と社民党が善戦したのは、民主党の混迷を逆の方向から印象づけた。両党はともに単一争点主義に立って、政策と党首の個性だけで他党との差異を鮮明にして成功した。しかし社民党が売り物にしたのは相変わらず「護憲」であり、自由党は新保守主義の聞こえのいい部分だけをセールスポイントにしたにすぎない。およそ未来に向けて展望が開けたとはいいがたいのである。
 政権交代のない政党政治は一人前ではない。民主党の「躍進」は、かろうじて希望を残した。来年の参院選までには、対抗政党としての姿を目に見える形で提示してほしい。99年10月に発表された「ネクストキャビネット」(影の内閣)はこれまでほとんど存在感がないが、これを活性化するのもひとつの方法である。今回の選挙で民主党は30余の議席を新たに獲得したが、これはかれらが積極的に支持されたからではない。しかし逆をいえば、消去法で民主党に投票した有権者の周辺には、もっと巨大な層の有権者が民主党の対応を注視しているのである。


書評

Masatsugu Tsuji, Sanford Berg, Michael Pollitt eds.,
Private Initiatives in Infrastructure: Priorities, Incentives, and Performance, IDE-JETRO, 2000

 日本経済の構造変化が叫ばれて久しい。IT革命と並んで重要なのがPrivate Finance Initiative(PFI)である。これは巨額の債務を抱える公共部門に代わり、民間資本を用いて整備し、公共料金の低減化を図り、かつ民間部門にビジネスチャンスを与えるものとして期待が寄せられている。
 PFIとは英国でサッチャー政権時に考案された社会資本整備の手法であり、橋・鉄道などの公共施設の建設から、学校、刑務所、軍隊でのサービス提供まで幅広く適用されている。現在、英国の公共事業の1割がPFIにより建設・運営されているという。このような時期にタイミング良く刊行されたのが本書である。
 本書は日本・米国・英国の3チームにより、各国でのインフラ整備における民間活力利用の状況を比較検討するものであり、各々のチームは総論的叙述と、インフラとして選ばれた電力と電気通信について分析を行っている。日本での今後のPFIのあり方を考える上で、PFI先進国である英国の経験が参考になる。日英両国を比べて読めば公的独占や公共事業中心のこれまでのインフラ整備によって、日本の民間部門の中にPFIに必要なノウハウが蓄積されてこなかったことに改めて驚かざるをえない。従来の日本型システムがプロジェクトのリスク評価、ファイナンス手法などPFIに必須であるもの(つまり市場メカニズムに乗っ取ったもの)といかに縁遠いものであったか、さらにバブル崩壊、三セク方式の失敗がいかに必然的であったかが浮き彫りになってくる。
 開発経済学の立場からみると、東アジア、インド、中南米での事例分析が興味深い。途上国では経済力が弱いため、これまで巨額の資産を必要とするインフラ整備はPFI手法が用いられてきた。本書では英国とインド、あるいは米国と中南米との関係を、日本と東アジアの関係と比較して読むことも有意義である。規制のない英米企業と、規制下の日本企業ではやはりこの分野でも大きな格差が生じるのは当然であると納得させられる。
 編者に敢えて注文をつければ、本書の特色は国際共同研究であるから、各チーム間で分析対象、内容、手法など、特に途上国との関連で統一がなされていれば、国際比較研究として一層充実したものとなったであろう。編者に多くを求めるのは酷な面があるが、この点は残念である。
 PFIに関する出版物には事業を起こすためのハウ・ツーものが多い中で、経済分析がなされている論文集としては唯一のものといってよい。本書が、緒についたばかりの日本のPFIについての、実践のみならず理論分析面での本格的な取り組みの契機となることを祈っている。

内藤能房(経済発展論、名古屋市立大学経済学部教授)


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