提言

清井美紀恵

(OSIPP教授、国際行政論)


 国際機関というと日本人は頭から人類の平和、人道支援、開発援助のために間違いなく良いことを行っている組織、という幻想を抱いている。加盟国から成る国際機関とその行政部門である事務局との概念的な整理が十分日本人の頭の中でできていないようだが、世銀、IMF、OECD、WTO等の国際機関の事務局はもっぱら加盟国からの拠出金で生計をたてている「国際版特殊法人」である。日本国内において、特殊法人に対する補助金の使途、監督官庁からの天下りについて批判が出る中、「国際版」の特殊法人が聖域のように不問のままなのは何故か。
欧州裁判所、欧州議会が制度として存在し、三権分立が曲がりなりにも確保されており、加盟国民、マスコミの関心も高い欧州連合(EU)委員会においても、最近、不祥事に見舞われた。一般市民から遠い、良く知られていない国際機関事務局では一層、一部加盟国の特定監督官庁に私物化される傾向がある。
 国際機関を自国の政策遂行の正統性付与に使おうとする加盟国の意向、国際機関事務局は身近な存在でなく国民の関心も低いこと、加盟国公務員と国際機関事務局の国際公務員とのなれ合い関係、加盟国間の思惑が一致しないこと等が国際版特殊法人のあり方が真剣に議論されてこなかった理由である。
 日本はいずれの国際機関に対する拠出金、分担金においても上位、しばしば一位の地位を占めている。国民の国際貢献への思いも善意に満ちている。それだけに、国際機関へ拠出した日本の納税者のお金が、事務局員の意味のない観光出張、自己負担すべき宿泊費の肩代わり等に無駄遣いされていることにもう少し目を向けるべきではないか。あるいは日本の役人の側が事務局員を甘やかせ、国際オリンピック委員のようなたかり体質をはぐくんでしまったとすれば、これも日本の責任である。
 「小さな政府」の原則は「小さな事務局」の原則に通じる。主権国家において政府が国民に対し説明責任があるように、事務局による加盟国を通じての加盟国民に対する説明責任を確保していかねばならない。そのためにも加盟国政府役人と事務局員との癒着体質を防止する方策を考えねばならない。
 重要なことは、まず、市民が自ら納める税金の使途に目を光らせることである。また、政府間機関と国境を越えて活動する非政府組織(NGO)が競争しあうことにより双方の切磋琢磨が期待される。日本政府はこれまで気前の良い納税者のおかげで随分楽をしてきた。他方で、日本の寛容な納税者の存在は国際社会の中で当然視され、日本の財政貢献は相応の敬意を得ていない。日本の市民の税金が事務局で無駄使いされず、善意が目的を達するよう最後まで監視することが、国際機関の「良き統治」を確保する鍵なのである。大口拠出国の国民であり、平和や人道支援への思いが強い日本人である故、その責任は一層重大である。


書評


黒澤満『核軍縮と国際平和』

有斐閣 1999年

 本書は、黒澤満教授がOSIPPの研究科長になられた98年4月に企画され、1年余りで書き下ろされたものである。その内容を紹介しつつ、若干の感想を述べることにしたい。
 言うまでもなく、黒澤教授はわが国における核軍縮研究の第一人者であり、これまでも核不拡散条約(NPT)を詳細に分析した『軍縮国際法の新しい視座』(有信堂、1986年)や、米ソ間の戦略兵器制限条約・削減条約などを検討した『核軍縮と国際法』(有信堂、1992年)を始めとする研究書を刊行されてきた。本書は、それらに加え、最近の新たな動きに関する著者の論文をベースとしつつも、広い読者層を意識して、核軍縮に関するいわば鳥瞰図を提示したものである。本文162頁とコンパクトにまとまっている本書を一読すれば、核軍縮に関する現状・提案・論点が奈辺にあるのかを、極めて効率的かつ包括的に把握することができる。
 第1章では、冷戦期の核兵器と冷戦後の核兵器とではその役割が変化しており、その変化がポスト冷戦期の核兵器削減へとつながったことが指摘される。この総論を受けて、戦略核兵器の制限・削減の問題(第2章)、核不拡散体制の強化の問題(第3章)、核実験禁止の問題(第4章)、非核兵器地帯の問題(第5章)、核兵器の先制不使用と非核兵器国に対する核兵器不使用の問題(第6章)が、それぞれ扱われている。そして、最後の章では、「核兵器の廃絶は可能か」と題して、核廃絶に向けた種々の提案をベースに、著者の考える核廃絶に向けてとるべき具体的措置が提案されている。なお、本文中には多くの有益な表が挿入されており、また巻末には、略語表、関連条約一覧、関連年表のほか、用語解説や関連条約の主要規定までが収録されており、特に初学者には大変便利である。
 以上のような内容の本書に対して、あえて注文があるとすれば、次のような点であろう。第一に、核軍縮の様々な側面につき、関連条約を中心に、その解説と問題点の指摘が簡潔になされているが、核兵器技術の進展や国際政治情勢の変化など、各関連条約の規定内容の背景が、解説の中にもう少し踏み込んで加えられていたならば、よりダイナミックな論の展開となったようにも思える。第二に、各章の中に、著者の提案がちりばめられているが、残念ながら、そのほとんどが結論のみであって、そこに至るべき過程が省略されている。そのため、読者には、提案の意味するところをもう少し具体的・実践的に知りたいという欲求が残るかもしれない。もっとも、以上の点は、カバーする対象の広さや紙数の関係から、そもそも叶えられない希望であったのかもしれない。
 ともあれ、研究科長という要職にありながら、その任期中に新たな本を書き下ろすという黒澤教授の研究者としての意欲に満ちた姿勢は、我々若手研究者が是非とも見習うべき範を示していることを銘記して、本書の紹介に代えたい。


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