研究室紹介

江口順一教授研究室

(比較企業行動論)

「思えば、異端を恐れたことはありません」。それが柔和な面差しの下、延々と息づく基本姿勢。たとえば、1969年に発表したトレードシークレット保護についての研究は、当時学会では少数派だったが、90年、正式にこの研究成果が不正競争防止法の中に組み込まれた。こうした、手つかずの課題に対する先駆性、開拓性が江口研究室の伝統となっている。 60年、京都大学大学院修了後、松山商科大学講師、滋賀大学経済学部助教授を経て阪大に。法学部助教授、教授、94年からは法学部長を務めた。研究の原点は商法。その後、企業の内部に関わる問題から企業外部の経済活動に関する領域に移行、近年は知的所有権保護システムなどの研究に専心している。
約40年の研究生活の背後にあるのは、「現代においてよりよい社会を実現するには何が必要か」という根本的な問題意識。現代社会における企業行動の重要性を鑑みると、「社会改革には、市場メカニズムに関するルール(法)整備が必要不可欠」と指摘、目下は、経済法の分野における「現代化、総合化、国際化」を目標に掲げている。
同教授は学生を「ミットアルバイター(共同研究者)」とみなし、教育の現場をともに教え合う場と捉えている。「専門に限定されない広い視野を持つことが研究を豊かにする」という発想で、早くから留学生も受け入れ、正月には自宅に招いたりしている。こういった学生との双方向の交流が「先駆性」を生む刺激ともなっている。
現在、同研究室に所属するOSIPPの院生は、フィリピン、コンゴ(旧ザイール)の留学生を含む4人。「紳士的で、大変話しやすい感じ。それでいて、やさしくされた話でも字にすれば、そのまま論文になるほど」と院生らは、親愛と敬意を隠さない。
現在はOSIPPでは兼任として協力講座を担当するが、「感覚としては専任のつもり」。OSIPP創設の際も川島慶雄、松岡博法学部教授らとともに奔走、「法・経済の橋渡しとなり、発展性のある新しい学問領域を創ろうとすごい意気込みでした」と語る。
趣味としてのヨットのクルージングは中学生からだという。学問の未知の水平線を遠望してきた姿勢は、ヨットマンとしての経験にも根差しているのだろう。

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偶感

ヨーロッパ大学(European University Institute)はイタリアのフィレンツェ郊外、フィエゾレ(Fiesole)の町にある。EUI創設へ向けての動きは、一九五五年メッシナで開かれた欧州六カ国の外相会議にさかのぼる。統合の先行きさえ定かでない時期に、ヨーロッパは統合のための最重要機関の一つとして大学院大学を構想した。その後の交渉の結果、EC六カ国(ベルギー、仏、西独、伊、ルクセンブルグ、蘭)の代表が七二年四月、EUI設立総会で協定に署名、次いで英なども加わり、今日では出資国は全EU加盟国に広がっている■協定によれば、EUIはヨーロッパの知的伝統への貢献を目的として創設され、その使命は教育研究活動とその影響力をもって、統一性も多様性も含めた、欧州の文化的学術的伝統を発展させることにあるという■EUIは「歴史・文明学」「経済学」「法学」「政治・社会学」の四つの大学院研究科とロバート・シューマン・センターおよびヨーロッパ・フォーラムという研究組織を持つ。当初一学年三五名の学生と八名の教授からスタートしたEUIは、今日四五名の教授、三〇名の上級研究員、合わせて四百名の学生を擁する世界的な大学院研究科となっている■この大学の本部が置かれている建物はメディチ家の修道院だったところである。一三世紀からの古いれんが造りの教会を一角に含む建物は、壁の至る所にフレスコ画が残り、眼下に広がるオリーブ畑の起伏とともに、時の流れを中世のゆるやかさに保っている。ロバート・シューマン・センターはデカメロンの作者ボッカチオの住居だったという。イタリア政府はこうした史跡をEUIのために提供し、雰囲気を損なわないよう注意を払いながら、内部に大学としての近代的設備を設置した■悠久の時の流れの中に営まれる思想の構築と、ときに革命を引き起こす爆発力。ここに来ると、その昔、石を積んで永遠を希求した人々の思いとともに、ヨーロッパが大学に託すものの重さがずっしりと、確かな手応えとして感じられる。(林敏彦)