論文短評

「マルチメディアを用いた在宅医療の経済効果」

『平成10年度情報通信学会年報(設立15周年記念懸賞論文集)』

辻正次、手嶋正章、宮原勝一、田岡文夫、森徹 

 厚生省の試算によると、1998年度の保険医療費は、1997年9月に高齢者が医療費の1割を自己負担するようになったにも係わらず、2%の伸びとなることが予想される。もともと「医療サービス」という財の価格弾力性は低いが、老人医療の特徴として病院のサロン化や社会的入院などがかなり有り、本来の疾病とは余り関係のない部分で病院が使われているという認識から高齢者の医療費一部自己負担政策が効果があると見られていた。
 辻論文は、医療よりも介護が主となる高齢者の社会的入院について、遠隔医療を導入することによって在宅療養を可能にし、老人医療費を削除することを提案しその経済効果を試算している。遠隔医療による経済的効果は個々の診療事例では試算されているが、医療費全体でのマクロ的な推計、特に老人医療における推計は少ないように思われる。
 遠隔医療の中でも在宅医療への応用はテレケア(tele-care)と言われているが、CATV(光ファイバーを使用した双方型ケーブル・テレビ)を利用して在宅医療で対処した場合の節約される高齢者入院費は2000年で0.007%、2050年には2%と試算されている。推計に使用された在宅医療利用老人患者数の推計は、予測されたネットワーク端末1台当たり1人とされており、タイトな推計となっているが、ピクチャー・デルのようにもっと簡単な機器でも充分対応できるというのであれば、医療可能人数はさらに多くなるのではないかと思われる。その意味で辻推計は高齢者の総入院費の2%以上は削減可能と見ることができよう。
 同論文で遠隔医療のモデル地域の実態調査を実施した結果、現段階の水準では患者との間での医療相談やプライマリー・ケア等の分野に留まっており、限界があるとしているが、逆にむしろプライマリー・ケアを中心とした医療へのアクセス面で、このテレケアは重要になるのではないかと思われる。つまり医療へのアクセスが困難な過疎地の場合、通院するよりも入院したほ方が楽なので、それだけ医療費が増大することになる。社会的入院は高齢者だけではないのである。今後、医療のアクセスの視点からさらに地域別に細かく推計する必要があると思われる。
 同論文の最終的目的は、制度の対処療法的改革ではなく高齢者医療の有り方を最新の技術を用いて根本的に見直そうとするものである。つまり、高齢者医療を急性期の治療と慢性期の治療並びに介護を区別し、施設医療と在宅医療、在宅介護の組み合わせによって医療費の削減効果と患者のQOL(生命・生活の質)の維持を狙いとしたものである。1998年には健康保険法の改正により、遠隔医療にも電話による再診並みの診療報酬が設定された。しかし、今のところ患者から連絡する場合に限られており、データが送信されない場合、医師の方から連絡しても対象とはならない。遠隔医療の促進には、医療供給側の導入へのインセンティブの問題、医療需要側の費用効果の推計など課題が多くあり、今後の展開が望まれる。
(評者=佐藤百合子・産能短期大学助教授)


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