最終講義要旨

伊藤公一教授  江口順一教授

憲法と教育権論争

伊藤公一教授

現在の「日の丸、君が代論争」に表されるように、戦後の教育界は対立・抗争に明け暮れていたといっても良い。イデオロギーの対立の激しかった冷戦時代は、それが顕著であったが、もっとも根本的で大きな争いは、学校で教える「教育内容」に国が関与できるかどうか、できるとしてどの程度なら許されるか、という問題であった。これが教育権論争といわれるものの中心であった。この問題は、憲法や教育基本法をはじめとする法令の解釈、公教育成立の沿革に関する理解の仕方、戦前の教育に対する国家統制の事実、国家と公教育との関係の認識等々が、複雑に絡んだ厄介な問題であった。
 発表される学説の多くは、国は教育内容には一切介入できないとか、大綱的基準の設定のみ許されるとしていたが、私はこうした見解には必ずしも賛成できなかった。フランスにおいて宗教的対立(ライシテ)が確保されたのは、国の力によるものであったことを見ても明らかなように、常に国を悪と断じるのは早計のように思われた。特にイデオロギーの対立の激しい社会にあっては、国はむしろ公教育の公正・中立を担保するために、相対立する勢力の防波堤の役割をしなければならず、それが教育法令の規定にも適っていると考えた。すなわち、憲法の大原則である議会制民主主義に基づいて、国が公教育の公正・中立を確保するに必要な法的措置を講ずることを違憲とする理由はなく、またそれが教育基本法10条の禁止する教育に対する「不当な支配」にあたるものではない。したがって、激しい論争のあった「教科書検定の合憲性」や「学習指導要領の法的拘束力」の有無といった具体的問題についても、それが公教育の公正・中立性保持のために必要である限りにおいて、違憲とされたり、法的拘束力を否定されたりするいわれはない。
 私は自己の考えが誤りでないことを検証するため、ドイツとアメリカを中心にその教育法制を考察した。ドイツにおいては、基本法の国の学校監督権(7条1項)の定めに従って教育内容を規制する「専門監督」(Fachaufsicht)が行われ、これの具体化として教科書検定が実施され、わが国の学習指導要領に似た規則が省令で定められている。アメリカにおいては、州議会が公教育に対しては絶対的な権限(plenary power)を有し、教育内容の規制も連邦と州の憲法に違反しない範囲で州議会の自由とされている。
 冷戦構造の消滅以後、教育界も以前ほどの対立はなくなり、今後は地方分権、住民参加、自由化、相対平等へと動いていくものと思われる。こうした動向に適切に対応するためにも、教育法学は、更なる脱イデオロギーによる議論の精緻化と組織論・制度論の構築、そして公教育の必須条件である中立論の深化が必要であろう。


「不正競争防止法」から゛経済基本法”へ

江口順一教授

WTO(世界貿易機関)協定の成立以後の"経済のグローバル化"の中で、市場経済システムが健全に発展してゆくための経済基本法のルール=「競争政策」の法の確立が地球規模の課題となっている。
「不正競争防止法」は「反倫理的な競争手段を禁圧するための法」といわれているが、日本では、旧法(昭和9年=1934年)の"根本的見直し"作業の結果として、平成5年=1993年に"全面的改正"が実現している。新法の方向性は、@国際的動向、A体系的位置、B行為類型の拡大という点で高く評価できるものと考えられる。最近のOECD条約(外国公務員贈賄防止条約)の批准による第10条の2の新設(平成10年−1998年改正)も注目される。
市場経済システムにおける『経済基本法』の体系論を考えると、「フェアプレー」のルールを指向している不正競争防止法と「経済民主主義」のルールを導入している独占禁止法と「消費者主催の回復」のルールを目標としている消費者保護基本法は、三つの重要な法体系でなければならないが、日本の現状における一般的認識は、必ずしも"グローバル・スタンダード"に達しているとはいえないところも少なくないのではないかと思われる。
国際比較による"モデル"論を試みると、不正競争防止法の領域においては、私共にとって、様々な教訓を摂取することができるであろう。例えば、ドイツ型(UWG)は1896年・1909年以来、法典化を完備させて諸国への"指導性"を発揮してきたといえよう。Torts類型から発達したアメリカ型のコモン・ローは、州法レベルにおける統一と進化を遂げると共に、連邦レベルにおいてもラナム法(商標法)や反トラスト法の中における制定法化によって経済規制の"総合性"ともいえる実績を挙げてきたといえる。また、近年における北欧型(例えば、スウェーデンのMarknadsforingslagen)に見るように、不正競争防止法を『消費者重視』型経済法の方向へイノベーションしてゆく動きも見落としてはならないと思う。なお、1991年の新しいスペイン法が不正競争の防止のための「統合されたシステム」を目指していることも注目に値する出来事である。
 日本型法システムを考えてみると、経済基本法の現代化・総合化・国際化の方向で、独占禁止法の強化と"民衆化"、消費者保護基本法の全面改正(消費者権利宣言)まで構想した「経済法のリストラ」のスケジュールを進めることが必要であり、不正競争防止法について言えば、一般条項論・訴権論・欺瞞的広告規制論を含めた、先進国型の"市場行動基準法"への方向性を備えた法システムの革新が期待されるところである。


Next   Back