「戦略的貿易政策(Strategic Trade Policy)」を、経済学の専門用語を極力排して定義すれば、「一国の政府が自国の利益を高めることを目的にたてる国際貿易に関する政策で、執行により他国に及ぼす影響、そしてその反動として他国から及ぼされる影響をよみこんだ上での目的到達をめざし設計されるもの」と なろうか。例としては関税、輸入割当などの国際貿易に直接関係する政策はもちろん、規制緩和や国内企業への補助金など間接的に国際貿易に関わってくるものも含まれる。究極の目的が「自国」の利益(厚生)の向上であり、他国との間に生じうる政治経済の変化を緻密に予測し「作戦」をたて交渉の末「実行」に至ることが、「戦略的」とよばれる所以である。
上のような他者との相互依存的な関係の中での意思決定に関わる経済問題を説明できる分析手段は「需要と供給」ではもはや間に合わず、「ゲーム理論」に登場を願うことになる。この戦略的貿易政策の研究はおもに80年代後半からクルッグマン、ヘルプマン教授という二大巨頭をはじめ多くの国際経済学者により精力的に研究され、ゲーム理論の普及とあいまって急速に発展し、90年代はじめには成熟化の時期を迎えた感があった。こうなるとジャーナルで国際的に発表された主要な研究成果が日本でも誰かの手で教科書の形でまとめられることとなる。
そのような本がないものだろうか、と知り合いの先生に尋ねたところ、紹介されたのがこの本である。著者冨浦英一氏(現信州大学経済学部)はあとがきと略歴によると、執筆時通産省に勤務しており、著書の発表は本書がはじめてとある。しかしとてもデビュー作とは思えない筆力である。
評者の本書への評価を端的に表わす言葉は3つ:(よいマンションの形容ではないが)「広い」「新しい」「近い」である。まず戦略的貿易政策をめぐって
カバーしている研究の範囲が「広い」。理論、実証、政策それぞれをバランスよく扱っている。そして、取り入れている研究成果が「新しい」。本書が出版された95年の直前、94年発表の論文まで参考文献に挙がっている。さらに、ついこの前まで遠い世界のものであった戦略的貿易政策の理論が、著者の筆力により、ごく「近い」所に存在している。
評者は、この近いという点を特に高く評価したい。冨浦氏は通産省から米国マサチューセッツ工科大学のPhDコースに入学し、貿易論を学んだとある。よって、みなそうであるように、入学直後は膨大な量の未知の内容をハイペースで教える授業に面食らい、全体像を把握することはとてつもなく「遠い」ゴールを目
指すことに思われる。それが1年たち2年たち、一体系が徐々に見え考え方に慣れてくると、新たに理解すべきことが生じてもそれらはかなり「近い」到達点に
感じてくる。そしてそのころには「遠い」と見た昔の新鮮な憧憬や素直な疑問心を忘れがちになる。著者はそうではなく、まずそのような無知の者の立場から疑問を投げかけるかたちで問題を提起し、それに対して底辺から説明をはじめ、例と論理を併用して解答を与えている。初学者も思わず引き込まれて読んでしまうのではないだろうか。経済政策の論文を近い将来書く学徒諸君には一読を勧めたい。
最後に読んでいて気付いた面白いことを一つ。著者は専門用語の訳として、
学会で定着した訳語ではない自分自身の訳語をところどころに用いている。これ
が、Positive=事実解明、Refinement=絞り込み、One-Shot Game=一本勝負などなかなかの名訳であり、こちらのほうも楽しませていただいた(ちなみにStrategic
Trade Policyの訳も定訳「戦略的貿易政策」でなく、本のタイトルにあるように、一貫して「戦略的通商政策」をあてている勤務先(当時)への気配りか?)
下村研一 (ミクロ経済学/ゲーム理論・助教授)
OSIPPは紀要『国際公共政策研究』を創刊。第1巻第1号の内容は次の通り。
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4月 黒澤満教授 論文「核不拡散体制の新たな展開―核不拡散(NTP)の延
長と今後の展望」『竹本正幸還暦記念論文集』
5月 黒澤満教授 論文「現代および将来の核軍縮促進」『恒久平和のために
―日本国憲法からの提言』(剄草書房) 床谷文雄助教授 論文「児童虐待と
福祉施設収容のための家庭裁判所の承認(判例レビュー)」『判例タイムズ』5
月1日号
6月 野村美明教授 報告「域外適用の政策と理論」 日本国際法協会97年度
研究大会 6月29日 (東京大学山上会館)
山内直人助教授 著作『ノンプロフィット・エコノミー:NPOとフィランソロピーの経済学』日本評論社
7月 床谷文雄助教授 報告「日本における養子縁組と子どもの福祉」
国際 家族法学会第9回世界会議 7月27―31日(南アフリカ共和国・ダーバン)
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